2004年09月03日(金)15:00〜
久々に、仕事の話をしました。
「仕事を(ちょっとしたトラブルで)やめるもやめないのも、
白黒つけたがりすぎ。」って言われました。
「やめる、やめない、って半々の気持ちなんでしょ?
もしどっちかにしたら、片方の気持ちで後悔するよ」って言われた。
それは決して結果を先延ばしにせよ、ということではないんだけど、
確かに理論的にはそうだ。そういう考え方もあるんだなぁ、って思った。
しかし、仕事のことまで白と黒の判断しかできてないんだなぁ、って
思ったら、笑っちゃったよ。
久々に、カウンセリングの料金の元取った気がした。

2004年09月17日(金)15:00〜
今日のカウンセリングも、収穫沢山でした。
でも今日は、先生の言葉に勢いがなかったかな。
というより、私がココ最近考えすぎましたせいで
難解な例えも理解できたんだと思う。
私が「パンドラの箱」と名付けた考え方を、
先生は「引きずって歩く」とおっしゃってました。
言ってることは、全く一緒。

今日のカウンセリングまでに、自分で一つ問題を解決した私で
ありましたが、現在「本来抱えていた問題」で行き詰ってます。
というわけで、その話をしました。
「どうしても、解決の糸口がみつからない」と。
そしたら先生は「何年も抱えていたのだから、そりゃ厄介だよ」と。
(「厄介」っていういい方じゃなかったけど、意味合いはそんな感じ。)
それで、先生もその作業を手伝ってくださるということになりました。
その際、先生からはっきり言われました。
「再体験するだろう」と。フラッシュバックというやつです。
でも怖がらないで、作業していこうということでした。
沢山辛いと思うけど、それは登山のような感じで、
辛いところを少し我慢して乗り切ればいい、って。
どうしても無理だったら休んでもいいよ、教えてね、ってことでした。

2004年09月30日(木)11:00〜


2004年10月14日(金)11:00〜
カウンセリングでした。
んー、カウンセラさんと理詰めの討論交わすのが楽しい。
色々な意見も聞けるが、最近わかってきたことは、
私もカウンセラさんもある程度思考回路が似ているということ。
カウンセラさんの発言に、突っ込みいれながら、自分の考えを話す。
体力も気力も頭の回転も悪く、以前はそんなの絶対無理だったからなぁ。

2004年10月28日(木)11:00〜

2004年11月11日(金)11:00〜
カウンセだった。私が
「今まで引きずってきたものは、これからも引きずらなければ
ならないのですか?それとも消化すべきなのですか?」と聞いたら
「体験は変わらないけれど、記憶は変えることができる」って
言われた。目から鱗が落ちた。

例えばね、自分の小学校の時の先生がもの凄く怖い人で、当時は
嫌いだったとする。でも10年経ったら、「あの怖さも自分のため
だったのかも」20年経ったら、「あの怖さは愛だったのかも」って
変わるかも、って話。
記憶は消すものじゃなくて、変えるもの、なのねん。
へぇ。私は1時間の中で、このことを学んだだけでも、
1万円かけてる価値があると思ったな。
今の生活で、こんなことを教えてくれる人は誰もいないし。
というわけで、1万円カウンセを続けていこうと思ったのでした。

2004年11月25日(木)11:00〜
カウンセは日常生活について、色々。
診察も特に何もなく終了。
こんなものかのねぇ。

2004年12月09日(木)13:00〜

2004年12月24日(金)12:00〜
カウンセは、毎日の張り合いのなさは、どこから来ているか、
という話になった。色々話した挙句、結局私の"張り合い"には
"他人"が関係していることに気付いた。
例えば、今日はクリスマスだったので、
カウンセラ「ケーキは作らないの?」
私「うん、作らない。一緒に食べる人もいないし。」
とか。その他色々。
結局さ、他人に認められるとか、他人に喜んで欲しいとか、
喜ばせたいとか、そこに意義を見出しているのよね。
カウンセラさんは「自分の目だって、客観的に見れば第三者になれる。」
って言った。その一言で、なんか今日の話は全て解決した気がする。
私は他人依存をやめたけれど、"張り合い"に関してだけは
やめられなかった。でも、これで多少はやめられそう。
何か、その一言もらえただけで、1万円払っている価値はあると
思うんだよね。自分の気付かないことを教えてくれる。
そんな機会ないし。だから、まだしばらく続けるつもりです。