2005年01月06日(木)12:00〜
年末からあまり調子がよくなくてですね、
目から耳から入る情報に敏感すぎて、
それに対して連想ゲームが始まって、
思考が悪い方向にぐるぐる回るんですよ。
なので、その話をしました。
思考がぐるぐる→結局自分を責めて終わる、という
パターンなので、(今日は酷かったよ、病院行く途中の電車でさ、
鳥の鳴き声が聴こえたわけさ、んで、鳥飼ってる某氏を連想して、
その鳥飼ってる知り合いが優秀なもので、「あー、自分だめじゃん、
死んだ方がマシなんじゃないか」って。そんな感じ。)
結局、自分を責めて何になるのか、どういう影響があるのか、
ってことをとことん話し合いました。
今日は自分の気になっていた部分の話だったからか、
かなり集中して考えて、発言することが出来た。
多分、今までのカウンセで、一番充実してたと思う。
私も自分の持論を言えたし、それに対して、カウンセラさんも
色々考えてたみたい。カウンセラさん、今までにないくらい、
色々考えてたよ。考えている時間が長かった。
結局私は、「自分を卑下することによって、他人より一段階下に
位置して、他人とのいざこざを避ける方向にある」ってことがわかった。
んでも、悲しいことにプライド高いので、他人より下にいるという
ことにも葛藤を覚えている。でも一方で、一段下で実は他人を
支配することに快感を覚えていたり。
結局さ、何もかも、程度問題なわけ。
多分私のその特徴?は一生変わらないと思うよ。
今はその特徴に違和感を感じて生きにくいだけで、
それをいい方向に向けていけば、何も問題がないはず、
とカウンセラさんは言っていた。
あと、私は自分をわざと卑下して、安定を保つクセがある。
眠りに付けなくて、段々イライラしてくると、オンラインで付けてる
日記で「自分死ね、早く死ね、おまえなんか要らない」とか
書き殴る。これも、自分を保つ一つの手段であり、悪いことでは
ないみたい。誰でも、こういうことはあるんだって。
やっぱり、何かに責任を押し付けないと落ち着かないとか、
何かのせいにすることで、平穏を保てるとか。
そういう効果はあるらしいよ。
それを聞いて、かなり安心した。
んで、私の自分を責める、というのも程度問題であり、
これは私の個性だから受け入れていくしかないみたい。
できるだけ、いい方向にもっていくしか方法がない。
な〜んて濃い話をしました。
一部分わすれているけれど、大体こんな感じ。
有意義な話ができた。こんなに収穫があって、1万円とは
安いと思うよ。カウンセ初めて、もう1年。
やっと、ココロの闇が溶けてきたかなぁ、と今日思った。
どろどろ、溶けないかな・・・。
2005年01月20日(木)11:00〜
カウンセリングだった。
先週の診察でのこと(会社関係のこととか)は
申し送りされてなかったみたいで、事情話した。
そうしたら主治医以上の反応を示してくれて。
(主治医は「会社のことと彼のことは分けて
考えなさい」としか言ってくれなかったし。)
そうしたら自然と全て話し出しちゃた。
会社に行くのが何故怖いのか。そんな思いを
するのは誰のせいなのか。その相手を殺して
済むなら今すぐにでも殺しに行きたいこと。
でも殺して解決することじゃないから殺さない。
じゃあ自分が死ぬべきだということ。
そして自分の将来に明るいことは全くなくて
不安なことや面倒なことばかりなこと。
その将来の面倒なことに実父のことが
関わっていること。だから死にたい。
誰にも話したことのない一部だった。
話しながら泣いた。まだまだ心に抱えている
ことはあるけど、これだけでも十分伝わった
みたい。ほっとした。
でもカウンセラには「これからしばらく辛いけど必ず気持ちは
変わるから」って言ってくれた。辛い、か。
そうそう辛いんだよ。
カウンセリング始めて丁度一年。
やっとスタート地点かな。
2005年02月03日(木)12:00〜
カウンセラとも色々話したが、内容はよく
覚えてない。目から鱗が落ちるような収穫は
なかった。核心に迫った時のキレがなかった。
この人も私を救えないんだな、って思った。
2005年02月10日(木)09:00〜
病院のカウンセは、非常に有意義なものだった。
最初は「こんなに朝起きたの、いつぶり?」から始まって、
そんな重要な話になるつもりじゃなかったんだけど、
「具合悪いと朝だって起きれないでしょ?今日起きれたことも含めて
今の気分はどうですか?」って言われて、何となく今はいいけど、
先週ひどくて、実は先週のカウンセのあと、こうでこうで、、、、
って話したら止まらなくなって、結局全部話してしまった。
別に自分から言わなきゃ、バレないことだったのに。
カウンセラさんは、最初はびっくりしていたみたい。
でも私が「友人に電話をかけたけど、誰もつながらなくて、
結局つながってもつながらなくても実行には移さなかったと思うけど
つながらなかったことによって、自分で解決できたから、
結果的にはよかった」と言ったら、そこまで整理できているのなら、
って言われたけれど、肝心な部分が出てこない。
そう、何でそうなったのか、何が原因だったのか、
カウンセが終わってからのことを覚えていなかったのだ。
ただ覚えていたのは、「何かもう誰にもわかってもらえない気がして」
ってことだけ。。あとは友人に電話をかけた、つながらなかった、
泣いた、そのうち「甘えてるな」と思って、帰ったこと。
時系列が、全くはっきりしない。でも色々話していたら、
「確か受付でお金を払ったあと、薬局に行って、そのまま病院に一度
戻ったんですよね」って言ったら、カウンセラさんがそれを覚えていて。
私は「確か時間の変更のことを言いにいったんだけど、
それは本当は全然どうでもよくて、何か気付いて欲しかったのかも」って
言ったら、確かに私は受付で時間変更の話をしていたそうだ。
カウンセラさんも、「あれ、さっき出て行ったのを確認したのに、
何故いるんだろう?」と不思議に思ったらしい。
それで時系列はちょっと判明して。でも理由がわからない。
心当たりのあることはいくつかあるけど
(そりゃそうだ、色々抱えているから・・・)
そこに踏み切るまでの順序が全くわからない、と言ったら、
カウンセラさんが、色々聞いて来た。
「今までにもこういうことはあったのか」とか。
私は、「あ、いつもこんな感じです・・」って言ったよ。
うちの病院は、主治医は解離って症状を認めない人でね、
今まで言ったことなかったんだけれども。
(以前解離の疑いが、って時は、脳波を取りに行かされてね・・
それ以来、私も解離のことは言わなくなったよ。どうにもならないから。)
んで、思い切って聞いてみた。先週、直前のカウンセリングで、
何を話していたのか。私は、例の結婚式の話をして、
「でもどうにか乗り切ったんです、頼まれた用事も全部済ませて。
もう大丈夫です。」って言っていたらしい。
そこからどうやって、カウンセラさんと主治医への不信感へ
つながったのかは、未だにわからない・・・・・
どっかに書いておけばよかったよ・・・・
でも確かに、カウンセリング中に、いつもキレのいい返事を返す
カウンセラさんが、戸惑ったのを見たんだよね・・・
それで、「あ、この人も私を救えないんだ」って思ったの。
それは覚えているの。カウンセリングの後に診察を受けたのかどうかは
不明。カウンセリングが先だったか、診察が先立ったのか、わからない。
でも主治医にも不信感を覚えた気が。というか、主治医には
ここ数週間、ずっと信頼感を無くしていて。
ずっと3分診療で、薬屋さんって感じだったから。
多分最後の望みが、カウンセラさんだったんだろうね。
別に死ぬためにそこに行ったんじゃないし、
死にたくて行ったわけじゃなくて、いつの間にかそこに行っていた、
と言ったら、そういう雰囲気を作ってしまったことが問題だ、と
言われた。落ち着いている中での、そういう行動が一番怖いと。
でも「昔は死にたかったけど死ねなかった、でも今はいつでも死ねる」
っていうコントロールができているから、進歩しているみたいなことを
言われた。(最後には「甘えてるだけじゃん」ってきづいたから)
参考までに(というか、自分への記録として)
今日のカウンセ後に自分が大事だと思ってメモったものを
コピペしておきます。そのコピペに、今考えたことを
()内にまとめてみました。
------------------------------------------
□自分をコントロールしようと思う力が強くて
逆にそれが自分を苦しめている可能性。
考えて無理に結論つけたことが、負担になっているかも。
(→結婚式のことなど。無理矢理結論つけて、自分では納得した気に
なっているが、それが本当は妥協と言う形で残っていて、
それが多大なるストレスにつながっている。)
□良い悪いを決めるのは悪くないが、相手を
コントロールするのは無理だから全部
自分のせいにする。それは一番ラクだけど、
最終的には自分を一番苦しめる結果に
なっている可能性。
(→元彼が自分が悪いと認めることは絶対にないだろう。
だから自分で消化するために、結局全部自分のせいにした。
それが一番ラクなのだけど、結局はこれも自分の中で
割り切れないものになって、残って、辛くなっていっている。)
□物事に本質はなくて、それを受け取る側で
価値を決める、その結果人によりけりの感想を持つ。
価値をつけるのは自分だから、物事に良し悪しはない。
自分の中でどういう感想を持とうとそれは自由。
(→私はすぐに「良し悪し」で片付けたがる。
それが一番ラクだから。でもそれは間違っていて、
「良し悪し」は感想であるから、物事そのもが悪かったかどうかは
ない。そんなの決められない。)
□人に期待することはみんなしている。
その程度が問題であるが、それはあとで振り返って
良し悪しを決めることで、その場で良い悪いが
わかるのは一握り。大抵はそれを繰り返して
学んでいく。日々勉強だ。
(→自分が先週、カウンセラさんならわかってくれる、期待していたが
結局ムリだった。そこで、期待することがイイコトなのかどうなのか
不思議に思ったのでカウンセラさんに聞いた。
期待することは、悪いことじゃない。実際、みんな他人に
期待しながら生きているのだから。全て程度問題。
そしてその期待度であとで後悔するのは、自分だけじゃない。)
□行為と感想と結果は三角形。行為→感想→結果であって
結果→行為のショートカットはありえない。
ゆえに結果から行為の良し悪しを判断するのは
不可能。人により感想も違うのだから
結果は一つにはならない。
(→私は結果から行為へのショートカットをしがち。
実際の例だと、「じゃぁ善悪を決めて、自分が全て悪いことにして、
結局それで自分が苦しんでいる。じゃぁ自分やっぱり自分が悪いの?」
って言ったら、笑われたよ。それがボーター的思考回路らしい。)
□だから私を苦しめている元彼の出来事で
喜んでいる人もいる。それを批判するのはお門違い。
(→実際に元彼の彼女は、喜んでいるよね。
でもそれに嫉妬するのはお門違い。
だって、人がどんな感想を持とうと、それは自由であるから。)
□人がそれぞれの感想を持つ権利がある以上、
結果を決めつけることはできない→決めなくていい。
(→結局良し悪しは決めなくていいということだ。
だって、それは絶対的なものではなくて、
個人が持つ感想なのだから。1つの答えはありえない。)
□人に甘えてると感じているのは、甘えたいという
裏返し。それも程度の問題であり、甘えるのは
悪くない。逆にセーブする力が強いのかも。
セーブすることがいいことじゃない→セーブすると
自分の中に消化不良が起きる→溜まって苦しくなる。
自分がセーブしていることを全部ぶちまけるのも
良いとは思えないけど、せめて医者くらいには
セーブしているという事実を伝えたい。
でも私にその意識はない(→次回課題
(→多分、セーブする人生を26年間送ってきているのだと思う。
その消化不良が、今自分を苦しめている。
だから今後は、それを話せるようになるといいと思う。
実際、カウンセリングではそれが段々できている。)
□病院はわがまま?を言っていいところ。
わがままというより、自分が持っている持論であればかまわない。
(→何でも許されると言う場ではないが、ここまで自分が
考えているのなら、それを発言すること自体は許される。
遠慮しすぎ。もっとうまく病院を使うべき。)
2005年02月24日(木)10:00〜
外面だけで生きるのは内に貯まるモノが
あるけど、それを自分で客観的に見れている
ことが前と違う。なので必ず前と同じ結果になるとはいえない。
(会社に戻るにあたって、私はまた自分を演じ続ける。
そして、内にストレスが溜まってまた同じ結果になるのでは
ないかという心配があったが、それを客観的に見れている分、
以前とは違うって。)
未練ということは非常に心の奥で働く。重要。
(心の叫び、本音であるといえよう。
これはシカトすると大変なことになるかも。)
プライドがないと自分が保てないとか、
ネームバリューで自分を価値つけているとか
結局結論は出ず。どのように生きればいいの?
(話しながら、再認識。今後の課題。)
復職しても他の選択肢は捨てなくていい。
(ワーホリ行くとか、派遣で働くとか、今持っている
選択肢は捨てなくていい。持ち続けてよい。)
復職するのが今の私にとって最善だというのが
カウンセラの意見。苦労が伴うのは目に
見えているが、とりあえず勝手のわかるところに
戻った方が負担は少ないとのこと。
(厳しいのはどちらも一緒。なら未練があるほうに戻ったほうが
心持も違うじゃん?少しでも勝手がわかっていたほうが
なじみやすいのも事実。)
私の専門に行くという選択肢は‘猶予’が
欲しかっただけだ。あとは学生という身分への魅力。
(これもまた、ネームバリューとか、プライドの問題。
やはり時間を置いて正解だった。)
結局自分に甘い。
(話しててそう感じた。)
私の海外志向は、やはりプライドなのか。
ネームバリューなのか。
住みやすいのも確かだが、それだけじゃない気も。
(このへんも解明しないと、大変なことになるかも。)
2005年03月10日(木)11:00〜
診察はなんとかやり過ごしたけど、カウンセは多分ばれてたな。
一生懸命集中して考えよう、としていたけれど、
いつもより反応も悪いし、表情もやばかったし、
最後の方はなんか反応を試されてた感じだった。
はぁ、ごめんなさい。ほんーっとごめんなさい。
内容的には、ここ最近調子悪い原因は会社で無理してるからで、
その前触れ(眠れないとか)があったのに、なぜそこでstop
できなかったか。どうすればstopできるのか。
会社で無理してしまう理由は、もうすでに「自分が無理しなきゃ
ならない会社である」という意識が強いからだとか言われた。
自分の劣等感みたいものが、前提になっているみたい。
あと、自分で色々コントロールができない人なんだとも言われた。
(逆に「コントロールしなきゃ、」という想いも強いのだが。)
とにかくバランスがとれていない。
それは意識して、生活することでしか解決できないようだけど。
2005年03月24日(木)11:00〜
カウンセでした。
どんな話したか、よく覚えていないけど・・・
私は今まで「死にたくなる原因」をつぶして、「死にたくなる現象」を
抑えるべきだと思っていたが、いきなり原因をつぶすよりも、
「死にたくなる現象」をおさえて、原因になる話をする方が
先だと言われた。通常ならば、原因を抑える→(死にたいという)
現象がなくなる、のが流れであるが、今はまだ原因を抑えるまでの
体調に至らないと言われた。
なので、結局、、今は現象を抑えるだけのことをやっているらしい。
そして、現象を抑えることによって、それでも問題になる原因を
つぶすらしい。何だか難しいけれど、日々の会話に無駄がないようで。
(体調だけを整えるカウンセは無駄かな、と少し思っていた。)
今日のカウンセリングは、結構話せた。眠くなかったし。
体調はあまりよくなかったけど、死にたい、ということを
カウンセラさんに話せたし、わからないことはわからない、といえた。。
2004年04月07日(木)12:00〜
その後カウンセリングで。いつも主治医とカウンセラさんの間は
話が筒抜けなので、その話を主治医がカウンセラさんに
したもんだとばかり思っていた。でもしてないらしく。
結局、最初から話すことになった。
いつもカウンセラさんは「どうですか?」の一言から始まる。
私はいつもその答えを考えて心理療法室に入っているわけではなくて、
そのときの気分を答えるようにしているんだけれども、
(その受け答えで、カウンセラさんは私のこと大体わかるみたい。)
今日は「んーなんともいえなくて、微妙で・・」って言った気がする。
前回、なんて言ったか自分は覚えていないけれど、カウンセラさんは
メモってるので「じゃぁ前回よりいいのかな?」と言われたのだけど、
「いや、そうでもなくて・・実は・・」って話が始まった。
私が「友達が亡くなって・・」という話をしたら、
カウンセラさんは、最初、もの凄く発言に気を使っていた。
いっぱい言葉を選んでいた。いつもよりカウンセラさんの発言数が
少なかったので「もしかしてこの人はこういう話題は苦手なのかな?」
と思いつつも、私が結構話したら、でもその後に色々フォロー
してくれたので、助かった。自分が気付いていないことも、
沢山言ってくれた。
そのポイントだけ、少し書いておこうか。(要約済み)
*本人と残された者は、どちらが辛いのか。
それは比較対象にはならない。
でも相手の気持ちを「共有しよう」という態度が重要。
*なんだかな、の中身はなんだろう。
彼女への怒り、自分への怒りを同時に抱えている上、
まさか彼女が、というショックがでかい。
*事故だとしても、自死だとしても、絶対に彼女も
無念だと思っていた。そして回りの人間も無念。
*薬を飲む、ということ自体が、誰にも伝わらない最後のメッセージ。
*やはりお葬式は、残された者のための儀式である。
葬送、はこちらから送る、ということだ。文字どおり。
お別れを言う場である。
最後に大きなポイントがあった。
それは彼女が亡くなった日に私がココで書いている、
「何が違うんだろう」ということ。
4年間サイトをやってきて、その当時一緒に悩み苦しんでいた人達で、
今は結婚して幸せな人もいる、仕事に復帰した人もいる、
資格を取るために頑張っている人もいる、
それなのに死んでしまう人もいる。この差は何なんだろう。
カウンセラさんに聞かれた、「なんだとおもう?」って。
私は答えられなかった。
でもこの着眼点は、ものすごくいいといわれた。
今考えるべきこととして、もの凄く重要なことだと。
私がその話をした途端、カウンセラさんのメモが激しく始まったよ。
そこに答えがあるのかな、私が4年も5年も6年もうだうだと
死にたいくんを引きずってるワケが。
2005年04月21日(木)10:00〜
復職のことについてここ数週間話しているけれど、
主治医は反対派、カウンセラさんは賛成派。
主治医「無理だし、また死にたくなるよ。違う仕事にした方がいい」
カウンセラ「できることからやっていけばいい、復職の方向で」
って感じで。どっちの言うこともそのとおりなので、こまる。
でも今は、職場に顔を出せない(あいさつ回りにいけない)のが
問題で、それをカウンセラさんに行ったら「じゃぁ何だったらできる?」
というんで、「文章であいさつ文書くことくらいならできる」と
言ったら、「できることからやっていけば、そのうちできないことも
できるようになるよ」とのこと。あいさつ回りにいけなくても、
文章にして渡すだけでも、気持ちは伝わる、と。
確かに、事前に文章で出しておけば、顔も出しやすいよね。
んでも、どうしよう、って迷ってる。
とりあえず、次回の面談は来月連休明けなので、まだ保留。
あとカウンセラに、「自分の身体に気を使いなさい」と怒られた。
あまりに、身体に気を使っていないみたい。
「一日パソコン向かってたら、肩だってこるでしょ、
頭痛だってするでしょ、一日座っている人はエコノミー症候群
(←これ、確か名前変わったよね)にもなりやすいんだから!」と
怒られた・・・。足を怪我した件だって、何で転んだのか考えろ、と。
対処療法だけでなく、原因まで考えろ、と。
そのとおりでございますorz
私は、薬に頼りっぱなしなので。。。へたれです。